『銀河鉄道の夜』の物理--南十字星を『銀河鉄道の夜から学ぶ』--




  『満天の星降る夜空を銀河鉄道が旅をする』


 『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治著)のファンタジックな物語設定がこれまでたくさんの日本人の心を捉えてきました。今回は、この『銀河鉄道の夜』を通じて、夏の夜空を学びましょう。

夏の夜空を『銀河鉄道の夜』から学ぶ

『南十字星』という星座は聞いたことがあっても、『南十字星』がどこにあるかを知っている人は少ないでしょう。ところが、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を読んだ人は、南十字星がどこにあるか知っているだけではなく、はくちょう座、さそり座、わし座など色々な星座の場所を大体知っているのです。

『銀河鉄道の夜』は、宇宙の話や星座とともにストーリーが展開されるので、小説を読むだけで宇宙の話や星座が分かるようになっているのです。それでは『銀河鉄道の夜』をもとに、天体についていくつか学んでいきましょう。


天の川に沿って旅する銀河鉄道



天の川と銀河鉄道.jpg?Atsushi Muta




銀河鉄道は満天の夜空のどこを旅するのでしょう?


その答えは、都心から離れた地方に行くと得られます。都会から離れた地方に行くと、東京の夜空では見られない素晴らしい満天の夜空を見ることができます。そしてよおく夜空を見ると、大きく白いぼんやりとしたものが流れているのです。この白くぼんやりとしたものが『天の川』なのです。天の川とは、あの七夕伝説で、おり姫星とひこ星を隔てている川が天の川と言えばわかりやすいかもしれません。ちなみにこの天の川、ギリシア神話では乳が流れて天の川になったといわれています。
銀河鉄道は、実はこの天の川に沿って夜空の旅をするのです。
『天の川に沿って銀河列車で旅に出る』という発想。 宮沢賢治は素敵な感性の持ち主です。

銀河ステーションと天の川


『銀河鉄道の夜』では、以下のように銀河ステーションから宇宙に旅立ちます。



するとどこかで、不思議な声が、銀河ステーション、銀河ステーションという声がしたと思うといきなり目の前が、ぱっと明るくなって、
<中略>
気がついてみると、さっきからごとごとごとごと、ジョバンニの乗ってる小さな列車が走り続けていたのでした。

 『銀河鉄道の夜』より




銀河鉄道の夜では「ジョバンニ」がこの銀河ステーションから銀河鉄道に乗り、夜空に旅立ちます。この天の川の正体は一体なんなのでしょう。これも『銀河鉄道の夜』が教えてくれています。


「このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさんそうでしょう。」

                                                     『銀河鉄道の夜』より


9484471.jpgアンドロメダ銀河 フォトライブラリーより


そう、天の川はたくさんの星の集まりなのです。このことを発見したのはあのガリレオ・ガリレイです。一個一個は見えないけれど、たくさん集まって天の川が見えているのです。この星の集まりは、銀河系といい、らせんの円盤状のとても美しい形をしています。わたしたちはこの銀河系の中に住んでいるので、天の川が見えるのです。
そして銀河鉄道は天の川に沿って列車の旅を続けます。

銀河鉄道から見える車窓の風景


ここからは、みなさんも銀河鉄道に乗り込んで、銀河鉄道から見える車窓を眺めてみましょう。

銀河鉄道最初の停車駅:はくちょう座


『もうじき白鳥の停車場だねえ。』
『ああ、十一時かっきりには着くんだよ』

                                      『銀河鉄道の夜』より


天の川を沿って旅する銀河鉄道は、まず『はくちょう座』で停車します。このはくちょう座は夏によく見えます。夏に夜空を見上げてみてください。すると、大きな三角形の星が見えるでしょう。この三角形の星はとても明るいので、東京でもよく見えます。この三角形のことを「夏の大三角形」と言います。下の絵において、「デネブ」、「ベガ」、「アルタイル」の3つの星が「夏の大三角形」です。

夏の星座.jpg




この「夏の大三角形」のうちの一つの星は、そこから『十字架』のような形を形作っている星座があります。これが「白鳥座」です。この十字架のことを、『北十字』(Northern Cross )と言います。この十字は、見方を変えると白鳥が羽を広げているようにも見えます。はくちょう座のうち、夏の大三角形の一つを作る明るい星の名前は『デネブ』といいます。

こんど、夏に夜空を見上げ、はくちょう座の北十字を見つけてみましょう。『あの星座が銀河鉄道の最初の停車駅だ』と思いながら。。。


わし座と七夕


「もうじき鷲の停車場だよ」カムパネルラが向こう岸の、三つならんだ小さな青じろい三角標と地図を見比べて云いました。

                                              『銀河鉄道の夜』より


はくちょう座を通り過ぎて、天の川で列車の旅をしていくと、こんどは「わし座」に出会います。わし座の中で一番明るい星、アルタイルは夏の大三角形の一つですので、すぐに見つかります。

わし座のアルタイルは別名、ひこぼしともいわれます。「ひこぼし」ってどこかで聞いたことはないでしょうか?そうです。実はこの星は「七夕」の彦星なのです。デネブ、アルタイル(ひこぼし)ともう一つの夏の大三角形を形作る星がこと座のベガです。このベガがおり姫星なのです。


ひこ星(アルタイル)とおり姫星(ベガ)の間には二人を隔てる大きな「天の川」が横たわっています。でも一年に一度の7月7日、天帝は二人が会うことを許し、カササギが橋を架けてくれて会うことができるそうです。

ことしの七夕、久しぶりに本物のひこ星、おり姫星を眺めてみませんか?


さそり座と天の川



「あれは何の火だろう。あんな赤く光る火は何を燃やせばできるんだろう。」ジョバンニが云いました。
<中略>
「サソリがやけて死んだのよ。その火がいまでも燃えてるってあたし何べんもお父さんから聞いたわ」

                                                   『銀河鉄道の夜』より



天の川に沿って列車は進みます。
しばらく行くと、いて座付近の天の川の明るさがとても明るいところにさしかかります。明るいのはこの方向が銀河系の中心方向だからです。とても明るいので、見つけやすく、天体写真としても撮影しやすく、天の川の天体写真の大半がこのいて座付近の天の川です。皆さんもデジカメを買ったら是非、いて座付近の天の川を撮影してみましょう。

さて、この天の川のそばに、T字型とJ字型を合わせたような、つまりTの字の下の方をJのように曲げたような星座があります。これが『さそり座』です。さそり座には『アンタレス』と呼ばれる赤い一等星の星があります。これが銀河鉄道の夜で出てくる『サソリが焼けて死んだ火』なのです。

このさそり座は夏によく見えるのですが、あまり空高くには見えず、本州などでは比較的地平線のそばに見えます。そのため、見える時間はあまり長くなく、夏場は深夜になると沈んで見えなくなってしまいます。

南十字星を『銀河鉄道の夜』から学ぶ

天の川の中に浮かぶ南十字星



南十字星.jpg?Atsushi Muta




「もうじきサウザンクロスです。おりる支度をして下さい。」

                                           『銀河鉄道の夜』より



さて、日本の本州などで天の川を見ると、さそり座付近で地平線に近くなってしまい、その先はあまり見えません。それではさそり座付近の天の川の先には、どんな天の川、星座があるのでしょう。

地平線の先の天の川は、南の方に行くと見えてきます。沖縄、そしてサイパン島などに行くと、どんどん天の川が見えるようになってきます。そして天の川をたどっていくと、ある十字架の形をした星座に出会います。これが『サザンクロス』つまり『南十字星』なのです。この南十字星は、天の川の中に浮かんでいるので、簡単に見つけることができます。夜空で天の川をたどって、十字架の形をした4つの星の星座を見つければいいのです。


宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』では、多くの乗客はこの『南十字星』で降ります。
さて、南十字星は天の川に浮かんでいるのですが、さらに南十字星の左下のそばには「コールサック」(石炭袋)と呼ばれる、そこだけ天の川に穴があいたような真っ暗な所があります。これは暗黒星雲なのですが、この石炭袋も南十字星を見つけるときの目安になります。

『銀河鉄道の夜』では南十字星に行った後、銀河鉄道に残ったジョバンニとカムパネルラはこの石炭袋を車窓越しに見ます。



「あ、あすこ石炭袋だよ。そらの孔だよ。」カムパネルラが少しそっちを避けるようにしながら天の川のひととこを指しました。ジョバンニはそっちを見てまるでぎくっとしてしまいました。天の川の一とこに大きなまっくらな穴がどほんとあいているのです。その底がどれほど深いかその奥に何があるかいくら目をこすってのぞいてもなんにも見えず、ただ眼がしんしんと痛むのでした。

『銀河鉄道の夜』より



そして天の川に沿った、銀河鉄道の旅はいつの間にか終わりを迎えます。

銀河鉄道は正確には、南十字を旅立って、石炭袋という暗黒星雲を車窓越しに見てジョバンニとカムパネルラが会話を交わしている最中にいつの間にか終わりを迎えます。

しかし、南十字と石炭袋は一つの星座といってもいいくらい、すぐそばにあります。南十字で作られる長方形の中に、石炭袋の一部が入ってしまうくらいそばにあります。そうすると、『南十字星付近』で銀河鉄道の旅は終わると言っていいでしょう。


宮沢賢治は当然、本物の南十字星や石炭袋を見たことはありません。何らかの本で科学の本を読んでいたから知っていたのでしょう。しかしながら、南十字星を知っていたからといって、南十字星が天の川の中にあることを知っていたからといって、天の川に沿って北十字のはくちょう座から南十字星付近まで銀河列車が旅をするというファンタジックな発想ができるためには、科学を十分に作品としてアレンジできる才能が必要です。

銀河鉄道の路線図


路線図.jpg


というわけで銀河鉄道の路線図を載せておきます。いつか銀河鉄道に乗って天の川を旅して見たいものです。

今度の休暇は南の国に南十字星を探しに行こう


僕は南半球のニューカレドニア、そしてサイパンのとなりにある、ダイビングで有名なロタ島で南十字星を見ました。
皆さんも一度は、『天の川に浮かぶ南国の南十字星』を見に行ってはどうでしょうか?

『天国に一番近い島』で『銀河鉄道の夜』の舞台を一望しよう

816ffe69.jpg世界有数の美しい海、カヌメラ湾


南半球に位置するニューカレドニアは、日本では原田知世さん主演の映画『天国に一番近い島』の舞台として有名です。実際にはニューカレドニアの『ウベア』島がその舞台です。が、そこは日本人観光客が多いそうなので、2005年8月にそのとなりのイル・デ・パン島に行ってきました。

2e7b2fb5.jpgイル・デ・パン島の南十字星


さて、イル・デ・パン島宿泊の初日の夜、そろそろ暗くなってきたのでホテルでディナーを食べに行かなきゃと思って部屋を出ると、まず最初に目に入ってきた星座が南十字星でした。どういう星座か調べてきたので、すぐに南十字星とわかりました。そもそも天の川の中に浮かんでいるし、すぐそばに『銀河鉄道の夜』で読んだコールサック(石炭袋)があります。初めて見たときは「これが銀河鉄道の夜の終着駅だ」と感動しました(正確には南十字そのものではなく、そのそばですが。)。


さて、ニューカレドニアで星を見ると、見えるのは南十字星だけではありません。天の川を上の方にたどっていくと、日本では地平線のそばに見えるさそり座が天高く見えます。さらにたどっていくと、はくちょう座、北十字が見えるのです。つまり、天国に一番近い島があるニューカレドニアでは8月には


『銀河鉄道の夜の舞台:北十字から南十字星までが一望できる』


のです。


『天国に一番近い島で銀河鉄道の夜の舞台を一望する』

一度、体験してみてはどうでしょう?





(そういうツアーができると結構日本人観光客が行くでしょう)



サイパンで南十字星を探す旅



ロタの南十字星.jpg


南半球に旅行に行くためには、時間とお金が必要です。たとえばニューカレドニアのイル・デ・パンに行くためには、一週間は必要です。そこで、数日の休暇で手軽に行けるサイパンなどで南十字星を見てみましょう。


サイパンで南十字星が最も高い位置に登るのは、およそ以下の時間です。


3月上旬 2時ころ
4月上旬 0時ころ
5月上旬 22時ころ
6月上旬 20時ころ


これをみると、6月の20時ころはまだ空が十分暗くなっていませんから、5月上旬までがベターということになります。残念ながら、夏休み中はサイパンに行っても南十字星は見えません。

サイパンで南十字星を見るベストシーズンはゴールデンウィークです。


まず、22時ころに南十字星がよく見えるので、ホテルのディナーが終わってから見に行けます。さらに、これが一番重要なのですが、サイパンは5~6月が一番天候が安定しているのです。4月はそれでも比較的安定していますが、2~3月はあまり安定していません。つまり、夜空が晴れて、南十字星が見れる確率が比較的高く、かつ連休があるのは5月のゴールデンウィークということになります。

ただし、南十字星は空高く登らず、地平線のそばをくるりと回って沈んでしまうので、南十字星が見える南の方角に高い山、建物などがあると見えません。島の南部に宿泊するか、南方向の見晴らしがよいところを選びましょう。

IMG_3339.JPGココナッツビレッジからみた青い海

僕は2008年のゴールデンウィークにサイパン島のとなりのロタ島に宿泊しました。宿泊場所はココナッツビレッジ。経営者が日本人で、日本人がたくさんいます。経営者の方が星好きなので、ホテルの庭で『南十字星を見る会』をただでやってました(2008年5月のゴールデンウィーク当時、普段はどうかわからないので、興味ある人は確認してください)。

こういうのを利用すると、晴れてさえいればほぼ確実に南十字星が見れます。

参考